我が家はフルタイム共働きです。
家事は大半を私がやっています。
何で私ばっかり!!
という気持ちが今ピークなので
自分がやっている家事と夫が手伝ってくれる家事と
私の心理状態をざっくりとですが書き出してみます。
■私がやっている家事
- 洗濯(洗濯→洗濯物を干す→取り込む→片付け)
- 食事の準備(買い物、食事を作る、後片付け(食器洗い))
- 掃除(はたき、掃除機、拭き掃除、玄関の掃除、トイレ掃除、風呂掃除、洗面台の掃除、排水口の掃除、換気扇のフィルター交換)
- ゴミ出しの前のゴミをまとめる
- 季節の変わり目の衣類の入れ替え
■家事ではないけど私がやっていること
- 水道光熱費などの伝票をまとめておく、定期的に処分
- 自動車税など税金の払い込みに行く
- 夫のスーツをクリーニングに出す(クリーニングに出す→取りに行く→片付ける)※これはもうやらないと決めた
- 歯ブラシや夫のシェーバーの替え刃を買いに行く、交換
- 夫のシャツや下着を買いに行く
■夫がやっている家事
- ゴミ出し(私がまとておいたのを出すだけ)
- 食事の後片付けの食器拭き→食器の片付け
- 月に1回ぐらい晩ご飯のおかずを作ってくれる(買い物や準備は私)全品作ってくれるわけではない。ほぼ一品のみ。
- 数か月に一度換気扇のフィルター交換
- 数か月に一度掃除機をかける
床に夫が脱ぎ捨てたシャツなどを見ると
気になって仕方ないので、つい勝手に洗濯してしまうんです。
私が出かけている時に夫が食べ散らかした跡を見ると
気になって仕方ないので、つい自分で片付けてしまうんです。
何で私がと思う怒りの気持ち半分
私がこのまま放置しておけば多分一生ここに置かれたままだ→いつかゴミ屋敷になってしまうという不安半分
私が片付けずに放置していても、夫は片付けないので
いつかゴミ屋敷になってしまう、それは嫌だから片付けてしまう。
以前の記事にも書きましたが
旦那さまが一切家事をやらない知人には
「なんか一つだけでもやってくれるだけいいじゃないのよぅ…」と言われます。
でも、私は納得できずに悶々とします。
もう少し協力して欲しいと言った時の夫が言う言葉
「これだけ仕事が忙しくて、体を休める暇もないような状態で
俺に家事を手伝えと?
体を休めないと倒れてしまう。俺に倒れてでも家事を手伝えと?
手伝えというなら倒れようがどうしようがとことんやってやるよ。」
冷静に考えるとね、おかしいですよね。
私が手伝えと言うから手伝うんですか?
「俺のことは俺が決める」なんて言いながら
自分で決めてないですよね?
私が手伝えと言ったから手伝う→倒れた→手伝えと言った私が悪い
私に罪悪感を持たせたいんですよね?
そういう言い方をすれば私が引き下がって謝るのを分かってて言うんですよね?
自分が嫁を放置しているのはOK
でも嫁が自分を放置するのはダメ
それおかしくないですか?
自分がゲームやってて私が話しかけてもろくに返事をしないのはOK
でも私が返事をしないと怒る
おかしくないですか?
で、私はどうしたいか。夫に関して
- 夫があれをしてくれないとか、こうしてくれないとか、とにかく軸が夫になっている状況から脱したい。
- 何かを放棄したら夫に何か言われる、逆に夫に見捨てられるかもという恐怖から脱したい。
- 夫はちょっと言い合いになった時や、自分が思った時に私が思ったように何かをできていない時などに、明らかに私に罪悪感を抱かそうとする言動を取ることがあるが、そこで罪悪感を抱かないようにしたい。
家事に関して
- とにかく不必要なものを捨てたい。掃除が楽になるように、物に振り回されないように不必要なこまごましたものを捨てたい。
- 物を増やしたくない。
そのほか
- 自分の時間を罪悪感なく取って、罪悪感なくリフレッシュしたい
- たとえ夫やお姑さんがどう言おうがやりたくないことは「やりたくない」とはっきり言えるようになりたいし、実際に罪悪感なくやらないことを選んでやらないようになりたい
- 夫やお姑さんにどう思われるだろうか、どう言われるだろうかを基準に考える癖から脱却したい
ちなみに
私は運よく嫁いびりをしないお姑さんに恵まれました。
本心では言いたいことや不満もいっぱいあると思いますが
極力スルーしてくれていることも沢山あると思います。
それは本当にありがたいです。
おそらくお姑さんは息子のことは何でもやっていたんだと思います。
だから夫は何もしなくてもやってくれるという感覚が染みついていると思います。
お姑さんは息子の面倒を見るのはお嫁さんの役目と思っている節があります。
そこはお姑さんを恨む気持ちが少しあります。
ただ、そういう夫を選んだのは私でもあります。
まとまりなくつらつらと書きましたが
一度しかない人生、恨む気持ちや怒りの気持ちにエネルギーを注いでいたら
そんな気持ちばかりの人生になってしまいます。
楽しい気持ちでも、怒りの気持ちでも
同じスピードで時間は過ぎていきます。
楽しい気持ちで時間を使った方がいい。
ならば自分が何をしたいか、自分がどうしたいか。