誰かに怒り心頭の時の状態とは。2

前回の記事の続きです。

 

ena-ena.hatenablog.com

 

誰かに怒っている時

自分と他人との境界線を完全に超えてしまっています。

前回の記事にも書いた

「まず自分は」がない状態で「なんであの人は」になってしまっている。

 

言ってみれば、自分という身体から、感情の部分はからっぽになってしまって

相手の目の前で「何でこの人は」となってしまっている状態です。

 

物理的な距離ではありません。

感情の距離といえばいいのでしょうか。

おそらく至近距離で悶々としている状態だと思います。

 

角度を変えて見ることもできないし

離れて見ることもできない。

 

境界線を超えて、相手の至近距離で

相手のことばかり考えてしまっている状態。

 

そこに自分はいません。

相手だけです。

感情の部分は相手のことだけで一杯の状態。

 

完全に「自分は」がどこかに行ってしまい、見失ってしまっています。

 

この状態を体感的に少し分かれば

どこかに行ってしまった「自分は」を取り戻すというか

今、ここの自分を意識して「自分は」を意識できるというか。

 

私も気が付いたからといって完璧にできているわけではありませんが、気付けば意識の置き所を変えるきっかけにはなっていると思います。

 

怒らないようにするのでなく

怒っている自分を自覚して、否定せず、境界線を越えていると気付いたら自分に意識を戻す。

 

これがうまく出来るようになったらいいなと思っています。

誰かに怒り心頭の時の状態とは。

以前私が書いた記事ですが。

 

ena-ena.hatenablog.com

 

最近になって、はたと気が付いたのです。

だれかに怒っていたり、イライラしたりしている時

 

あっ、まったく自分が自分のところにいない…!!

 

ということに。

 

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目に見えないものですが、自分と他人との間には境界線があります。

それは、冷たくするとか、無関心とか、否定する、といったことではなく。

 

HSP気質が原因なのか

境界線という概念を自分で意識したことがなかったからなのかは分かりませんが

恥ずかしながら、私はつい最近まで自分と他人との境界線というものが

非常に薄いこと

そもそも漠然とした概念ですら境界線というものを持っていなかった

意識したことがなかったのです。

 

当然、他人との距離感は無茶苦茶です。

適度な距離を保つというスキルがないに等しかったのです。

 

ではなぜスキルがなかったのか?

私のパターンですが、無意識のうちに常に「他人軸」だったから

これは大きな原因んのひとつだと思います。

 

「まず自分は」があって、それからの「ではあの人は」ではないのです。

「まず自分は」がない状態で、「あの人は」だけだったのです。

 

それが分かっていなかったから、どんなに周りに

「自分と他人との境界線はしっかり引くんだよ」と言われても

感覚的に納得できなかったのです。納得というより理解できなかったんですね。

 

それに気付くのとほぼ同時に

この「怒っている時の自分の状態」に気付きました。

 

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何だかものすごーーーーーく納得できました。

 

怒っている時ってこういう状態だったのか!!と。

NOと言えない。

頻繁に会うわけではないのですが

会うたびに手作りのお菓子を焼いてくれる知人がいます。

私はそれがとても辛い。

 

そのお菓子はとても美味しいです。

でも、そんなにお菓子を食べない私にとって

それが会う度になると辛い。

相手も私がそんなに沢山お菓子を食べないのは知っているのですが。

 

確かに美味しいし、わざわざ焼いてくれたのですから

美味しかったとお礼は言います。

 

そんなにお菓子を食べないのもあるのですが

毎回くれるということが私にとってはとても重荷に感じるのです。

 

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次に会う時も、同じことの繰り返し。

 

言えばいいのです。

美味しいし、うれしいけど

時々でいいよ、と。

 

怖いんですよ

相手が傷付いて、そわそわした態度になっている姿を見て

自分が傷付くのが。自分が嫌な思いをするのが。

 

その一言で友人関係が壊れるかもしれないと思うと

言えないんです。

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でもね、こちらが誠意をもってお礼とお詫びを言って

それでも相手が傷付いて、それで友人関係が終わってしまうのなら

もうそれは私にはどうすることもできなし

冷たい言い方かもしれないけど、そこまでの縁でしかなかったということ。

 

深読みしちゃって

相手はどんなにフォローしても

毎回でなくていいよと言われたことにきっと傷付く。

だから精いっぱい美味しい!と言わなきゃいけない

せっかく良かれと思って焼いてくれたんだから

ありがたく食べなきゃって食べる。

たとえ他に食べたいものがあっても、もらったお菓子を最優先にして

食べる。

 

それって自分を傷つけている。

相手の感情のために、苦しかったり辛かったりしても無理やり食べる。

私は相手の感情の責任を取ってしまっている。

 

いらないって言わない限り、お菓子をもらう度に私は自分を傷つける。

 

そこまで分かったなら、NOと言おうよ、自分。

すごい、よく落ちる!何でもっと早く使わなかったんだろう。洗濯板を買った。

部分洗いのために洗濯板を買いました。

今までは石けんをつけて手でゴシゴシ洗っていました。

時々利用している通販のカタログに洗濯板が掲載されていたのがきっかけです。

 

ネットで「洗濯板」で検索すると、意外にも愛用している人が多くびっくり。

 

私が買ったのはプラスチック製の少し小ぶりなものです。

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靴下を濡らして石けんをつけ、洗濯板でゴシゴシこする…

 

楽に汚れが落ちる!!

自分が想像していたのは

しっかり洗濯板に体重をかけて、思いっきりゴシゴシ洗うという感じだったのですが

少し力を入れて洗うのでしっかり汚れが浮いてきます。

 

今さら洗濯板?とあなどるなかれ。

これ一枚持っていたら手洗いや部分洗いがとても楽になります。

汚れがよく落ちるので、部分洗いが楽しくもなります。

 

もっと早く使えばよかった。

何で喋ってしまう(雑談)のかを考える。

私は喋りたいわけでもないのに

自分のことに没頭したい、集中したい

なのに、周りを気にして雑談してしまうことがよくあります。

 

喋りながら、私は何やってるんだろうとよく思います。

どっちでもいいようなことを何でこんなにペラペラ喋っているんだろう、と。

 

喋った後でどっと疲れたり、自己嫌悪に陥るのに、何で喋ってしまうんだろう。

 

話をすることは嫌いではありません。

雑談も嫌いではありません。

というよりも、話を聞いてほしいという欲求が強いんだと思います。

 

小さい頃に話を聞いてもらえなかったから

いまだに引きずっているんですね。

些細なことでも、バカバカしい話でも、聞いてほしい。

自分の気持ちを理解してほしい。

 

そこが満たされていないから、他人に「聞いて聞いて、分かって分かって」と求めるんでしょうね。

 

ここでも思うのですが

聞いてほしい、分かってほしいと他人に求めることが良い悪いは置いておいて

聞いてもらえなくて寂しかった

分かってもらえなくて(分かろうとしてもらえなくて)悲しかった

という気持ちに気付くことが先だなと。

 

自分の気持ちに意識を向けると

必死で喋ることも少しは減るかな…。

色々気になる、喫茶店にて。

席数の少ないこじんまりした喫茶店にて。

 

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 本を読みながら少しゆっくりしたいのに

色々気になってしまいます( ;∀;)

 

お客さんが出入りする時の、店員さんの挨拶にいちいち反応してしまいます。

「いらっしゃいませ」「ありがとうごさいました」

それだけなのに、いちいち反応してしまう。

 

店員さんは丁寧な応対だけど、みんな笑顔がないのが「何でだろう」と気になる。

そういう社風ならぬ店風なのか、あえてそういう風にしているのか…。

何でみんな一律に笑顔がない丁寧な応対なんだろう…と気になります。

 

本を読んで少しゆっくりしたいけど、席数が少ないから食べたら早々に出なければ…

 

ああっ、夫はもう食べてしまっている、コーヒーも飲んでしまっている!

早く食べなきゃ、コーヒーも早く飲まなきゃ…

 

夫は「自分のペースで食べなよ」と言ってくれているのに焦ってしまう。

 

隣に座った人が、片付けをしている店員さんに「注文お願いします」の声かけもなくいきなり注文をしだして、私は関係ないのに一人で勝手にハラハラ…。

 

 

こうやって書き出してみると、食べている時も食べることに全然集中していないことが分かります( ;∀;)

 

カフェや喫茶店に行くのは好きです。

が、色々気にしてしまって食べてコーヒー飲んでという自分のことに集中できないことがよくあります。

 

周りを気にせずに(自分勝手に好き勝手に振る舞うということではなく)コーヒー飲むことに集中したい…。

 

無理矢理集中するのでなく

自然とコーヒーを飲むことに没頭したいという感じです。

他の人の話し声が気になって仕方ない…。

カフェや喫茶店に行くのが好きです。

チェーン店もよく行きます。

 

個人のこじんまりしたお店の良さ

チェーン店の良さ

それぞれあります。

 

どちらの場合も辛いのが、他のお客さんの話し声がどうしても気になってしまうこと。

近くの席に賑やかなお客さんがいると、落ち着かない。

会話の内容が気になるわけではありません。

話し声が気になります。

 

必ずそうなるわけではありませんが、なることが多いです。

 

ただコーヒーを飲みながら本を読む

それに集中できない。

本は2ページ目どころか2行目まで読み進めることができません。1行目を何度もフワフワ読んで…いや、ただ眺めているだけですね。

コーヒーを飲むだけでも、話し声が気になって落ち着かないのです。

 

イヤホンをして大きめの音量で音楽を聴きながらでも音と音の隙間で話し声を拾ってしまい、気が滅入ります。

 

また、好きな音楽でも音量を上げると耳が辛くなります。

 

音量を下げると音楽に混ざって話し声が聞こえる。

上げると耳が辛いし音と音の間で話し声を拾ってしまう。

 

どうしたらいいんだ…囧rz

という感じによくなります。

 

自分の問題と分かっているつもりでも

心の中で怒りがわいてきて、心の中で他人を責めてしまいます。

 

あんた達のせいで落ち着いてコーヒーも飲めない!!と…。

 

こういう時って、くだらないプライドというか一人で勝手にムキになって

あの賑やかな人達より先に席を立つものか!!と思ってしまうのです。

 

こうやって文章にすると本当に恥ずかしい…(ノ_<)

 

こういう場合は、せっかく来たけど、コーヒー飲んだら早めにお店を出るのがいいですね。

いる間はずっと話し声が気になるわけですから。

本当にくだらないことでムキになってイライラするよりいいです。